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2008年5月24日 (土)

炭平での宴席

お昼の小宴席です。
親戚夫婦の定年退職をお祝いしました。
京丹後市丹後町間人(たいざ)のお宿「炭平」にて。
天候はあいにくでしたが、高台にある宿のロビーからは眼下の日本海の水平線が一望です。
お祝いの料理も美味しく、すべて残さずいただきました。

昨日に続いてMuddy Waters。「Long Distance Call」。
日本語にどう訳したらいいのか分かりません。

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コメント

あら、コメントしてる間に新しい記事が。
間人と書いて(たいざ)と読むのですか。

早速聴いてみます!

投稿: mya | 2008年5月24日 (土) 20時17分

スンバラスィー!
朝からまた聴いてしまいました。夜にまたまた聴かねば。
Long Distance Call=長距離電話
楽器から電話の音の表現が見えましたが・・気のせいかも。

投稿: mya | 2008年5月25日 (日) 10時27分

>Long Distance Call=長距離電話

さすが~! 
息子の和英辞典で調べてみました。
ドンピシャ!です。気のせいじゃありません。

>楽器から電話の音の表現が見えましたが・・気のせいかも。

何秒位のときに見えるんでしょうか?

投稿: ZZZ | 2008年5月25日 (日) 17時09分

忘れとった!
「間人(たいざ)」、地名の由来ね。
そ~じゃな~。むか~し、むかし…。
日本昔話の熊倉和雄さんの語り口を想像しながらどうぞ。

そのむか~しのこと。曾我氏と物部氏が争っておったんじゃ。
聖徳太子のお母さん、つまり間人(はしうど)皇后はその争いを避けてこの地に逃れてきたんじゃ。
やがて都に帰ることになった皇后は、里に人たちのもてなしに感謝してこの地を間人(はしうど)と名付けたんじゃ。
ところが、里の人たちは皇后の名を口にするのは「恐れ多いことじゃわ」と、皇后が退座(たいざ)されたことにちなんで「間人」を「たいざ」と呼ぶようになったそうじゃ。

投稿: ZZZ | 2008年5月26日 (月) 14時29分

わ~、へえええ~~~!
曾我氏と物部氏の争いは中学の社会の教科書で習いましたね。
丹後の国(丹後国と書きますか?)に残るお話なんですね。
御伽話も、丹後にはたくさん残っているのでしょうね。
丹後という地名は日本史で一番目に覚えた地名だったような・・・
丹後という地名、古墳時代~からですか。ロマンです。
丹後に残る日本昔話、もっと知りたいと思いました。

4:00~過ぎの、ギターの音色がコール音に聞こえましたが・・・はてな?

投稿: mya | 2008年5月26日 (月) 20時14分

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